曲の紹介|I Really Don’t Want to Know 知りたくないの

インフォメーション
- 曲名: I Really Don’t Want to Know 知りたくないの
- アーティスト: Elvis Presley エルヴィス・プレスリー
- 作詞・作曲:ハワード・バーンズ(作詞)/ドン・ロバートソン(作曲)(1953年発表)
- リリース:
- 1970年6月7日 ナッシュビル RCA Studio B にてレコーディング
- 1970年12月8日 シングル「I Really Don’t Want to Know / There Goes My Everything」リリース
- 1971年 アルバム『Elvis Country (I’m 10,000 Years Old)』収録
- サマリー:
- 1953年発表のポピュラー・スタンダード。エルヴィスは1970年にカントリー色豊かな解釈でカバーし、シングルはゴールドレコードを獲得(約70万枚)。
- アメリカでBillboard Hot 100・21位、イージーリスニング・チャートでは2位を記録。
- 記事参照元:
I Really Don’t Want to Know – Wikipedia(英語)
Elvis Presley – Wikipedia
知りたくないの – Wikipedia(日本語)
Elvis Presley Official Site - 歌詞参照元:
Elvis Presley – I Really Don’t Want to Know – Genius
曲について
「I Really Don’t Want to Know(知りたくないの)」は、ハワード・バーンズが詞を書き、ドン・ロバートソンが曲をつけた、1953年発表のポピュラー・スタンダードです。
この曲を世に広めたのは、ギタリストのレス・ポールと歌手メリー・フォードのデュオ。1953年に録音されたバージョンは翌年の年間チャートに入り込み、まずアメリカで広く知られることになりました。
※レス・ポールは、ギブソン初のソリッドボディーのエレクトリック・ギター、「ギブソン・レスポール」を生みました。
カバーバージョン(エルヴィス、エディ・アーノルド)
エルヴィスがこの曲をカバーしたのは1970年のこと。カントリー・アルバム『Elvis Country (I’m 10,000 Years Old)』のレコーディング・セッションの一環として、6月7日にナッシュビルのRCA Studio Bで録音されました。プロデューサーはフェルトン・ジャーヴィス。
エルヴィスのバージョンは、原曲のメロディを大切にしながら、ソウルフルで温かみのある歌声で包み込んだ仕上がりです。知的な解釈というより、体の芯から滲み出るような感情表現——それがエルヴィスのカントリー・ナンバーの真骨頂でした。
1970年12月8日にシングルとしてリリースされると、Billboard Hot 100で21位、イージーリスニング・チャートでは2位という好成績を記録。シングルはゴールドレコードを獲得し、約70万枚を売り上げました。
この曲の世界的な浸透を語るうえで、欠かせない存在がカントリーの大スター、エディ・アーノルドです。1954年にリリースしたアーノルドのバージョンはカントリー・チャートで1位を獲得し、アンディ・ウィリアムス、ペリー・コモ、コニー・フランシス、ロレッタ・リン、ドリー・パートン&ウィリー・ネルソンなど、数えきれないほどの名だたるアーティストたちがこの曲をカバーしてきました。まさに、時代を越えて愛され続けるスタンダード。
日本語バージョン
なかにし礼が日本語詞をつけ、菅原洋一が1965年に発表した「知りたくないの」は、1967年に有線放送をきっかけに大ヒット。80万枚を超えるセールスを記録し、なかにし礼の作詞家としての出世作となりました。黛ジュン、舟木一夫、南野陽子、鈴木京香らにもカバーされるなど、日本でも特別な地位を築いた一曲です。
歌詞のテーマ
愛する人の過去…何人の腕に抱かれ、何人の唇がその魂を輝かせたのか、それを知りたいと思いながらも、「やっぱり知りたくない」と心に蓋をする。秘密のままでいてほしい。あなたを愛しているから。それだけで、十分なのだから。
怒りでも嫉妬でもなく、ただ静かに愛を選ぶ——そんな切ない大人の愛情表現が、この曲を時代を超えたスタンダードにしてきた理由です。
エルヴィスは1970年、音楽的な充実期を迎えていました。同年にリリースした楽曲の多くがカントリーとソウルの融合を試み、この「I Really Don’t Want to Know」もその流れの中で生まれた一曲。派手さはなく、けれど聴くたびに胸に残る——エルヴィスの70年代の入り口を飾るにふさわしい名唱です。
いつの時代も、愛は複雑で、問いかけることを恐れる瞬間があります。それでも「知りたくない」と言える強さの中に、本当の愛の形が宿っているのかもしれません。
曲の動画
以下の動画をアップしています。
- I Really Don’t Want To Know |エルヴィス・プレスリー – トピック(ページトップ)
- I Really Don’t Want To Know I Really Don’t Want to Know · Les Paul & Mary |FordLes Paul Official
- I Really Don’t Want To Know |エディ・アーノルド – トピック
歌詞の和訳|I Really Don’t Want to Know 知りたくないの
(原詞:太文字)
I Really Don’t Want to Know
Oh how many arms have held you
ああ、どれだけ多くの腕が君を抱きしめ
And hated to let you go
離したくないと思ったのだろう
How many, oh how many, I wonder *1
どれだけ、どれだけ多くの、と思い悩むけど
But I really don’t want, I don’t want to know
本当は知りたくない、知りたくないんだ
2)
Oh how many lips have kissed you
ああ、どれだけ多くの唇が君にキスして
And set, set your soul aglow, yes they did *2
君の魂を輝かせたことか、そうまさに
How many, oh how many, I wonder, yes I do
どれだけ、どれだけ多くの、と思うけど、そうまさに
But I really don’t want to know
本当は知りたくないんだ
3)
So always make, make me wonder
だからいつも、僕に想像させておいてくれ
And always make, make me guess
いつも、 僕に想わせておいてくれ
And even, you know even if I ask you
たとえ…そう、たとえ僕が君に尋ねたとしても
Oh darling oh don’t you, don’t confess
ああダーリン、どうか打ち明けないでくれ
4)
Just let it, let it remain your secret
それは、君だけの秘密のままにしておいて
Oh for darling, darling I love you so
ああ、だってダーリン、こんなに君を愛しているから
No wonder, yeah no wonder, I wonder
不思議じゃない、ああ不思議じゃないよ、僕が思い悩むのは
Mm, ‘cause I really don’t want, I don’t want to know
本当に知りたくない、知りたくないから
キーワード
- *1. wonder:「~を不思議に思う」を文脈から「思い悩む」としました。
- *2. aglow:「輝いている」、「(顔が)紅潮している」を意味する表現
アーティストの紹介|Elvis Presley エルヴィス・プレスリー
インフォメーション
- 名前:Elvis Presley(エルヴィス・プレスリー)
- 主なバンドメンバー:
- 初期(1954-1958年)- ブルー・ムーン・ボーイズ
- スコッティ・ムーア Scotty Moore ギター
- ビル・ブラック Bill Black ベース
- D.J.フォンタナ D.J. Fontana ドラム
- 後期(1969-1977年)- TCBバンド
- ジェームス・バートン James Burton ギター
- グレン・D・ハーディン Glen D. Hardin キーボード
- ジェリー・シェフ Jerry Scheff ベース
- ロニー・タット Ronnie Tutt ドラム(2021年死去)
- その他の重要なメンバー:ザ・ジョーダネアーズ The Jordanaires バックコーラス(1956-1970年)
- 初期(1954-1958年)- ブルー・ムーン・ボーイズ
- 誕生:1935年1月8日
- 出身地:アメリカ合衆国 ミシシッピ州チュペロ
- 死去:1977年8月16日(享年42歳)
- サマリー:
- エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)は、1935年にアメリカで生まれ、1954年にデビューした歌手・俳優で、「ロックンロールの王様(King of Rock and Roll)」として知られる。
- ブルース、カントリー、R&B、ゴスペルを融合させた音楽スタイルで、20世紀で最も重要な文化的アイコンの一人となった。
- 公式サイト:https://www.elvisthemusic.com/
アーティストの軌跡
エルヴィス・プレスリーの音楽は、ブルース、カントリー、R&B、ゴスペルに根ざしており、これらを融合させた革新的なスタイル「ロカビリー」を生み出しました。
彼は、1950年代から1970年代にかけて音楽シーンに革命をもたらし、世界中の音楽文化に計り知れない影響を与えました。
代表曲には「Heartbreak Hotel(ハートブレイク・ホテル)」「Hound Dog(ハウンド・ドッグ)」「Jailhouse Rock(監獄ロック)」「Suspicious Minds(サスピシャス・マインド)」「Can’t Help Falling in Love(好きにならずにいられない)」「An American Trilogy(アメリカの祈り)」などがあります。
ローリング・ストーン誌の「最も偉大なアーティスト100」で3位にランキングされています。
エルヴィスは1954年、サン・レコードのプロデューサー、サム・フィリップスとの出会いで音楽キャリアをスタートさせました。
ギタリストのスコッティ・ムーアとベーシストのビル・ブラックとともに、後に「ブルー・ムーン・ボーイズ」と呼ばれるバンドを結成しました。
1955年にRCAレコードと契約し、1956年に「ハートブレイク・ホテル」で全米1位を獲得。
その後、テレビ出演や映画出演を通じて、一躍アメリカ最大のスターとなりました。
1958年から1960年まで陸軍に従軍した後、音楽活動に復帰。1960年代は主にハリウッド映画とサウンドトラック制作に専念しましたが、1968年のNBCテレビ特番「エルヴィス」で本格的なパフォーマンスに復帰し、大成功を収めました。
1969年からは、「TCBバンド」(Taking Care of Businessの略)という新たなバックバンドとともにラスベガスでのコンサート活動を開始。
ジェームス・バートン、グレン・D・ハーディン、ジェリー・シェフ、ロニー・タットという4人の名手たちが、エルヴィスの70年代の黄金時代を支えました。
1973年には「アロハ・フロム・ハワイ」という史上初の全世界同時衛星中継コンサートを行い、推定15億人が視聴しました。
1977年8月16日、テネシー州メンフィスの自宅グレイスランドで42歳の若さで死去しましたが、その音楽的遺産は今なお世界中で愛され続けています。
エルヴィスは全世界で推定5億枚以上のレコード・カセット・CDを売り上げ、史上最も売れたソロアーティストの一人です。
グラミー賞を3度受賞し、36歳でグラミー生涯功労賞を受賞。2018年には大統領自由勲章を追贈されました。
彼の音楽と文化的影響は半世紀以上経った今でも色褪せることなく、多くのアーティストに影響を与え続けています。
ディスコグラフィ
スタジオアルバム:
- エルヴィス・プレスリー(1956)
- エルヴィス(1956)
- エルヴィスのクリスマス・アルバム(1957年)
- エルヴィスが帰ってきた!(1960年)
- 彼の手は私のもの(1960)
- みんなのためのもの(1961)
- ポットラック(1962)
- エルヴィス・フォー・エブリワン!(1965)
- 汝は偉大なり(1967年)
- エルヴィス・イン・メンフィス(1969年)より
- メンフィスからベガスへ / ベガスからメンフィスへ(1969)
- それが現実(1970年)
- エルヴィス・カントリー(10,000 Years Old)(1971)
- エルヴィスからのラブレター(1971年)
- エルヴィス・シングス・ザ・ワンダフル・ワールド・オブ・クリスマス(1971年)
- エルヴィス・ナウ(1972)
- 彼は私に触れた(1972)
- エルヴィス(1973) (アルバム「フール」)
- レイズド・オン・ロック / フォー・オール・タイムズ・セイク(1973)
- グッドタイムズ(1974)
- 約束の地(1975)
- 今日(1975年)
- テネシー州メンフィスのエルヴィス・プレスリー・ブールバードより(1976年)
- ムーディー・ブルー(1977)
サウンドトラックアルバム:
- 愛してる(1957)
- キング・クレオール(1958年)
- GIブルース(1960)
- ブルー・ハワイ(1961年)
- ガールズ!ガールズ!ガールズ!(1962)
- 万国博覧会で起こったこと(1963年)
- アカプルコの楽しみ(1963)
- キッシン・カズンズ(1964)
- ルースタバウト(1964)
- ガール・ハッピー(1965)
- ハラム・スカルム(1965)
- フランキーとジョニー(1966年)
- パラダイス、ハワイアンスタイル(1966)
- スピンアウト(1966)
- ダブル・トラブル(1967)
- クラムベイク(1967)
- スピードウェイ(1968年)