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Ophelia(オフェリア)/The Band(ザ・バンド)和 訳

ザ・バンドアルバム南十字星のジャケット写真
目次

曲の紹介

【曲名】Ophelia(オフェリア)
【アーティスト】The Band(ザ・バンド)
【作詞・作曲】Robbie Robertson(ロビー・ロバートソン)
【概要】The Bandの6枚目のアルバム、1975年リリース「Northern Lights-Southern Cross」(日本語名:南十字星)に収録された曲

【記事参照元】: Ophelia (The Band song) -Wikipedia
【写真引用元】: Ophelia (The Band song)-Wikipedia
【歌詞引用元】: Ophelia (Genius)

曲の解釈

この曲の題名の「Ophelia(オフェリア)」の由来は、シェイクスピアの「ハムレット」からとか、ミニー・パールという女性コメディアンの本名(サラ・オフィリア・コリー・キャノン)からなど、いろいろ推測されています。

歌詞の内容は、オフェリア(またはオフィーリア)という主人公の恋人と思われる女性が、急にいなくなり、彼は帰ってきてくれと願うストーリーです。

私の推測ですが、読み解いていくと、彼女の消えた理由を彼は、
Was it something that somebody said?“「誰かに言われた何かが原因?」と怪しんでいます。

Honey, you know we broke the rules“「俺たちはルール(規律)を破ったよね」では、おそらく人種差別による許されない恋だったのか、あるいは貧富の差による許されない恋だったのでしょう。

これは”Was somebody up against the law?“で(規律は破ったが)法律は犯していないとはっきり言っています。

そして、”Ashes of laughter, the ghost is clear“「笑い声の灰、幽霊は消えた」
They got your number, scared and running“「みんな君の正体を知って、怖がって逃げていった」とあるように、彼女はもう死んでいたのです。

おそらく、許されない恋を嘆きながらの、哀しい死だったことが想像できます。

そして、”But I’m still waiting for the second coming “「だけど、僕は今でも待っている、(オフィーリアの)再来を」とあるように、彼は「幽霊でもいいから僕のもとへ帰っておいで」と祈ります。

訳してみると、まるでシェークスピアの戯曲の「ロミオとジュリエット」や「ハムレット」、「オセロ」のような悲しい物語が語られているように思いました。

とても、The Bandらしい南部サウンドにのせられた哀しい歌詞が、胸を打つ名曲だと思います。

歌詞の和訳

(原詞:太文字)

Ophelia

Boards on the window, mail by the door
窓に張られた板、ドアには手紙
What would anybody leave so quickly for?
どうすれば誰もいなくなれるんだ、こんな急に
Ophelia
オフィーリア
Where have you gone?
君はどこに行ってしまったんだ

The old neighborhood just ain’t the same
馴染みの近所も、変わってるし
Nobody knows just what became of
誰も知らない、何が起きたのか
Ophelia
オフィーリアに
Tell me, what went wrong
教えてくれ、何がいけなかったんだ

Was it something that somebody said?
その何かとは、誰かが言ったことなのか
Mama, I know we broke the rules
ママ、僕たちが規律を破ったのは、わかってる
Was somebody up against the law?
でも誰が、法を犯したというんだ
Honey, you know I’d die for you
ハニー、僕は死ねる、君のためならね

Ashes of laughter, the ghost is clear
笑い声の灰、幽霊は消えた
Why do the best things always disappear
なぜ、一番大切なものは、いつも無くなるのか
Like Ophelia
オフィーリアのように
Please darken my door *1
どうか、僕に起きないでくれ

Was it something that somebody said?
その何かとは、誰かが言ったことなのか
Honey, you know we broke the rules
ハニー、俺たちは規律を破ったよな
Was somebody up against the law?
でも誰が、法を犯したというんだ
Honey, you know I’d die for you
ハニー、俺は死ねる、君のためならね

They got your number, scared and running *2
みんな君の正体を知って、怖がって逃げていった
But I’m still waiting for the second coming *3
だけど、僕は今でも待っている、再来を
Of Ophelia
オフィーリアの
Come back home
家に帰っておいで

キーワード

*1. darken my door : `直訳では「俺のドアを暗くして」ですが、あまり来てほしくない客に対して使われるため「僕(の身)に起きないでくれ」としました。

*2. got your number : (人)の本心、正体を知る

*3. second coming : (キリストの)再臨

アーティストの紹介

【名 前】The Band(ザ・バンド)
【活動期間】1967-1976年(メンバーチェンジにて1983-1999年)
【結成地】アメリカ
【概要】アメリカのロックバンドでオリジナル・メンバーは、ロビー・ロバートソン(Gt.)、リチャード・マニュエル(KB.)、ガース・ハドソン(KB.&アコーデイオン&SAX), 、リック・ダンコ(Bass)、リヴォン・ヘルム(Dr.&Vo.)
※アメリカ出身はリヴォン・ヘルムのみで、他の4人はカナダ出身。

元はアメリカのロックンローラー、ロニー・ホーキンスのバックバンド(ホークス)として活動していたが、その後ボブ・ディランのマネージャー(アルバート・グロスマン)の目に留まり、ボブ・ディランのバックバンドとして活動を始めた。

この時期、ディランはフォーク路線からエレキギターを使用してフォークロックへ転換しており、コンサートツアーの行く先々で、従来のフォークファンから大ブーイングを受けた。

これは、「ロイヤル・アルバート・ホール」での「ライク・ア・ローリングストーン」の動画で様子が伺える。これにより、逆に彼らの知名度を高めた。

その後、ディランの交通事故のアクシデントもあり、ディランの誘いでウッド・ストックに「ビッグ・ピンク」と名づけられた家に住みついた。そこで行われたディランとのセッションは、ロック史上初の海賊盤「Great White Wonder」として流出し、1975年に「地下室(ザ・ベースメント・テープス)」としてリリースとなった。

1968年に「ザ・バンド」と改名し、「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」をリリースし、バンドデビューした。

音楽性はロックにアメリカのルーツ音楽のカントリーやR&Bの要素を取り入れ、高い評価を受けた。また当時より多くのミュージシャンから尊敬を集めた。

特にエリック・クラプトンは、この「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」に衝撃を受け、クリームを去った原因にもなったとも言われている。

1989年にカナダのCanadian Music Hall of Fame殿堂入り、1994年にロックの殿堂入りしている。

ローリング・ストーン誌選定の「歴史上最も偉大な100組のグループ」において第50位にクレジットされる。

代表アルバム

アルバム

1968年 ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク / Music from Big Pink

1969年 ザ・バンド / The Band

1970年 ステージ・フライト / Stage Fright

1972年 ロック・オブ・エイジズ / Rock Of Ages

1975年 南十字星 / Northern Lights – Southern Cross

ライブ・アルバム

1974年 偉大なる復活 / Before the Flood

1978年 ラスト・ワルツ / The Last Waltz

ベスト・アルバム

2000年 The Band Greatest Hits

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