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Acadian Driftwood(アカディアンの流木) – The Band(ザ・バンド)和 訳

ザ・バンドアルバム南十字星のジャケット写真
目次

曲の紹介

【曲名】Acadian Driftwood (アカディアン/アケイディアンの流木)
【アーティスト】The Band(ザ・バンド)
【作詞・作曲】Robbie Robertson(ロビー・ロバートソン)
【概要】The Bandの6枚目のアルバム、1975年リリース「Northern Lights-Southern Cross」(日本語名:南十字星)に収録された曲

【記事参照元】: Acadian Driftwood -Wikipedia
【写真引用元】: Northern Lights – Southern Cross-Wikipedia
【原詞引用元】: Acadian Driftwood (Genius)

曲の解釈

この曲は当サイトでもご紹介しています”It Makes No Difference”、”Ophelia”と同じアルバム「Northern Lights-Southern Cross(南十字星)」に収録されています。

とても好きな曲でしたが、訳してみるまでは歌詞の内容を知りませんでした。

曲の舞台は、17世紀に北アメリカで起きたフレンチ・インディアン戦争です。

彼らの曲で「The Night They Drove Old Dixie Down」は南北戦争を舞台にしていますが、この「Acadian Driftwood」は、それより1世紀早い植民地時代を舞台にしています。

ヨーロッパでは七年戦争(1756年~63年)が繰り広げられており、北アメリカではフランス、イギリスの植民地争いの戦争、フレンチ・インディアン戦争(1754年-1763年)が起きました。

先住民のインディアン(参加は部族による)とフランス軍の同盟軍と、イギリス軍とアメリカ植民地軍の連合軍が北米で戦い、Acadia(アカディアまたはアケイディア:現在のカナダのノバスコシア州と北米東部大西洋岸のアメリカ メイン州あたりの古い地名)を舞台にしていると思われます。(引用:エイブラハム平原の戦い / アカディ-Wikipedia)

主人公はおそらく先住民のインディアンで、彼はイギリス連合軍と戦いましたが、エイブラハム平原の敗北(またはケベックの戦いといい、この戦争の中枢の戦闘)により、故郷にも帰れない状況となりました。

4番の歌詞で「国境の南に住む親せき」から、手紙でこちらに移住するように勧められています。

おそらく国境の南とは8番の歌詞にも出てきますが、もともとフランス植民地領だった、中南部のミシシッピ川流域のニュー・オーリンズあたりをさしているようです。

しかし、1763年のパリ条約でフランスは北米のほとんどの植民地を失うことから、ここへ移住した主人公一家は、再び苦難に合います。

しかし、サトウキビ畑が洪水でだめになったことを契機に、故郷のアルカディアへ戻る決心をしてこの曲は終わります。

この曲のストーリーは、ロビー・ロバートソンが作ったフィクションですが、実際の舞台は本当に起きた戦争というノン・フィクションなので、とても迫るものがあります。

今でも、同じような戦争がおき、犠牲となる人が必ずいます。

この曲は、そんな哀しい現実を訴えているように思えます。

The Bandの名曲の一つだと思います。ぜひ、聴いてみてください。

Acadian Driftwood (Remastered 2000)
Acadian Driftwood (Concert Version)
The Band - Acadian Driftwood - 11/25/1976 - Winterland (Official)

歌詞の和訳

(原詞:太文字)

Acadian Driftwood

The war was over and the spirit was broken
戦いは終わり、そして心は砕けた
The hills were smokin’ as the men withdrew
丘は煙っていた、人々が撤退する間
We stood on the cliffs and watched the ships
俺たちは崖に立ち、船を見た
Slowly sinking to their rendezvous *1
ゆっくりと沈んでいくのを、落ち合うはずだった場所で

2)
They signed a treaty and our homes were taken
やつらは条約に署名し、そして俺たちの家は奪われた
Loved ones forsaken, they didn’t give a damn
愛しい人々は見捨てられ、やつらは気にもかけなかった
Try to raise a family, end up an enemy
家族を育んでも、結局敵になってしまう
Over what went down on the Plains of Abraham *2
すべては敗れたために、エイブラハム平原で

Acadian driftwood, gypsy tailwind *3
アカディアンの流木、ジプシーの追い風
They call my home the land of snow
俺の故郷は、雪の地と呼ばれる
Canadian cold front movin’ in
カナダの冷たい前線が、近ずいてくる
What a way to ride, oh what a way to go
なんて進み方だ、ああ、なんて行き方なんだ

3)
Then some returned to the motherland
それから、ある者たちは故郷へ帰った
The high command had them cast away
司令部は、彼らを追放した
Some stayed on to finish what they started
ある者は残った、始めたことを終わらせるために
They never parted, they’re just built that way
彼らは決して離れなかった、まさに道を築いたんだ

4)
We had kin livin’ south of the border
俺達には親戚がいた、国境の南に住む
They’re a little older and they been around
彼らは少し年上で、ずっとそこに住んでいる
They wrote in a letter life is a whole lot better
彼らが手紙をよこしてきた、人生がもっとよくなるぞ
So pull up your stakes, children, and come on down
だから引き払って来い、子よ、さあおいで

Acadian driftwood, gypsy tailwind
アカディアンの流木、ジプシーの追い風
They call my home the land of snow
俺の故郷は、雪の地と呼ばれる
Canadian cold front movin’ in
カナダの冷たい前線が、近ずいてくる
What a way to ride, oh what a way to go
なんて進み方だ、ああ、なんて行き方なんだ

5)
Fifty under zero when the day became a threat *4
零下50度にもなる、そういう日はやばかった
My clothes were wet and I was drenched to the bone
俺の服は濡れ、びしょ濡れになった
Then out ice fishin’, too much repetition
それから氷上釣り、あまりにやり尽くした
Make a man want to leave the only home he’s known
男は離れたがるもんさ、自分をよく知る唯一の故郷を

6)
Sailed out of the Gulf, headed for St. Pierre *5
湾港を出て、サンピエール島へ向かった
Nothing to declare, all we had was gone
何も改めて言うことはない、俺たちはすべてを失ったんだ
Broke down along the coast, what hurt the most
故障した海岸で、一番つらかったのは
When the people there said, “you better keep movin’ on”
地元の人たちから「先に進んだほうがいい」と言われたこと

Acadian driftwood, gypsy tailwind
アカディアンの流木、ジプシーの追い風
They call my home the land of snow
俺の故郷は、雪の地と呼ばれる
Canadian cold front movin’ in
カナダの冷たい前線が、近ずいてくる
What a way to ride, oh what a way to go
なんて進み方だ、ああ、なんて行き方なんだ

7)
Everlastin’ summer filled with ill-contempt *6
終わりのない夏は、不平不満を募らせた
This government had us walkin’ in chains
この政府は俺たちに、鎖の足かせを付けている
This isn’t my turn, this isn’t my season
こんなのは俺らしくない、こんなのは俺の過ごす時じゃない
Can’t think of one good reason to remain
考えられない、一つたりともいい理由など、ここに残る

8)
We worked in the sugar fields up from New Orleans
俺たちはサトウキビ畑で働いた、ニューオーリンズの上方にある
It was evergreen up until the flood
そこは常緑の地だった、洪水が起こるまでは
You could call it an omen, point you where you’re goin’
それはお告げとも呼べるもので、行先を示してくれる
Set my compass North, I got winter in my blood
俺は北へ進路を向け、俺は冬を流した、血の中に

Acadian driftwood, gypsy tailwind
アカディアンの流木、ジプシーの追い風
They call my home the land of snow
俺の故郷は、雪の地と呼ばれる
Canadian cold front movin’ in
カナダの冷たい前線が、近ずいてくる
What a way to ride, oh what a way to go
なんて進み方だ、ああ、なんて行き方なんだ

Sais tu, Acadie j’ai le mal du pays
わかるだろ、アカディア、俺は故郷の国が恋しい
Ta neige, Acadie, fait des larmes au soleil
お前の雪、アカディア、太陽のもとでの涙
J’arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo *7
今行くよアカディアに、唄って、唄って、唄って
J’arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo
今行くよアカディアに、唄って、唄って、唄って
J’arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo
今行くよアカディアに、唄って、唄って、唄って
J’arrive Acadie, サンedle um, teedle um, teedle oo
今行くよアカディアに、唄って、唄って、唄って
J’arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle oo
今行くよアカディアに、唄って、唄って、唄って

キーワード

*1. to their rendezvous 「(船が)落ち合う場所だったところ」とは、「船が、崖からみている主人公たちを、救援するために待ち合わせていた場所」と解しました。

*2. the Plains of Abraham エイブラハム平原の戦い(またはケベックの戦い)という、北アメリカのフレンチ・インディアン戦争の中枢となった当時の地名(引用:エイブラハム平原の戦い-Wikipedia)

*3. Acadian アカディ(英:Acadia、仏:Acadie)は現在のカナダ ノバスコシア州と北米東部大西洋岸のアメリカ 州の古い地名で、アカディアンは「アカディの~」「アカディ人」をいう。(引用:アカディ-Wikipedia)

*4. a threat ここでは「恐怖」ではなく、零下50度の日は「(釣りにはまることが)やばい」としました。

*5. St. Pierre サンピエール島・ミクロン島(北アメリカにある元フランス領の群島)

*6. “Everlastin’” “ill-contempt” :
“everlast”は「永遠の」、「(たえまなく)続く」
“ill-contempt”は「軽蔑、不満、不快感」を表す。

*7. “J’arrive” “teedle” :
“J’arrive”は、フランス語で「今行くよ」
“teedle”は、意味がない語のようなので、英語の「tweedle」の意味で、「唄って」としました。

アーティストの紹介

【名 前】The Band(ザ・バンド)
【活動期間】1967-1976年(メンバーチェンジにて1983-1999年)
【結成地】アメリカ
【概要】アメリカのロックバンドでオリジナル・メンバーは、ロビー・ロバートソン(Gt.)、リチャード・マニュエル(KB.)、ガース・ハドソン(KB.&アコーデイオン&SAX), 、リック・ダンコ(Bass)、リヴォン・ヘルム(Dr.&Vo.)
※アメリカ出身はリヴォン・ヘルムのみで、他の4人はカナダ出身。

元はアメリカのロックンローラー、ロニー・ホーキンスのバックバンド(ホークス)として活動していたが、その後ボブ・ディランのマネージャー(アルバート・グロスマン)の目に留まり、ボブ・ディランのバックバンドとして活動を始めた。

この時期、ディランはフォーク路線からエレキギターを使用してフォークロックへ転換しており、コンサートツアーの行く先々で、従来のフォークファンから大ブーイングを受けた。

これは、「ロイヤル・アルバート・ホール」での「ライク・ア・ローリングストーン」の動画で様子が伺える。これにより、逆に彼らの知名度を高めた。

その後、ディランの交通事故のアクシデントもあり、ディランの誘いでウッド・ストックに「ビッグ・ピンク」と名づけられた家に住みついた。そこで行われたディランとのセッションは、ロック史上初の海賊盤「Great White Wonder」として流出し、1975年に「地下室(ザ・ベースメント・テープス)」としてリリースとなった。

1968年に「ザ・バンド」と改名し、「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」をリリースし、バンドデビューした。

音楽性はロックにアメリカのルーツ音楽のカントリーやR&Bの要素を取り入れ、高い評価を受けた。また当時より多くのミュージシャンから尊敬を集めた。

特にエリック・クラプトンは、この「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」に衝撃を受け、クリームを去った原因にもなったとも言われている。

1989年にカナダのCanadian Music Hall of Fame殿堂入り、1994年にロックの殿堂入りしている。

ローリング・ストーン誌選定の「歴史上最も偉大な100組のグループ」において第50位にクレジットされる。

代表アルバム

アルバム

1968年 ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク / Music from Big Pink

1969年 ザ・バンド / The Band

1970年 ステージ・フライト / Stage Fright

1972年 ロック・オブ・エイジズ / Rock Of Ages

1975年 南十字星 / Northern Lights – Southern Cross

ライブ・アルバム

1974年 偉大なる復活 / Before the Flood

1978年 ラスト・ワルツ / The Last Waltz

ベスト・アルバム

2000年 The Band Greatest Hits

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • The Bandの中でもとても好きな曲の1つです。
    歌詞の内容は意外なものでした。

    R.I.P Robbie Robertson

    昔からレコードやラジオでよく聞いていたミュージシャンの訃報を聞くと「この人もか…」と残念な気持ちになります。

    • h.yamaさん

      コメントありがとうございます。
      ロビー・ロバートソンの曲は、歴史的によく調べられて内容が深くていいですね。
      ほんとうに、残念ですね、、、。

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